自殺の先にあるものー周囲の人、本人に対してー

ヒトはなぜ自殺するのか

死に向かう心の科学

 

著者

ジェシー・ベリング

1975年アメリカ生まれ。著書にThe Belief Instinct(邦訳『ヒトはなぜ神を信じるのか』)、Why Is the Penis Shaped Like That?(邦訳『なぜペニスはそんな形なのか』)、PERV(邦訳『性倒錯者』)がある。現在、ニュージーランドのオタゴ大学サイエンス・コミュニケーション・センターで所長を務める。

 

訳者

鈴木 光太郎(すずき こうたろう)

東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。元新潟大学教授。専門は実験心理学。著書に『オオカミ少女はいなかった』、『謎解きアヴェロンの野生児』、『ヒトの心はどう進化したのか』、De Quelques Mythes en Psychologie(Editions du Seuil)など。訳書にウィンストン『人間の本能』、テイラー『われらはチンパンジーにあらず』、ドルティエ『ヒト、この奇妙な動物』、ボイヤー『神はなぜいるのか?』、ベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか』、『性倒錯者』、『なぜペニスはそんな形なのか』、グラッセ『キリンの一撃』などがある。

 

 

 

  1. 生きる苦しみを終わらせる

自殺を扱ったテレビ番組が放送されると自殺率は増加する傾向があります。これと同じような例で、自殺について新聞の記事になったり、ニュースで放送されても、自殺数は増加するようです。これは自殺を考えている人がその番組、ニュースをきっかけに実行してしまうからです。しかし、自殺防止キャンペーンも逆効果になってしまいます。自殺しようと考えている人にとって「自殺」という言葉に触れることで、より考えるようになってしまうからです。これにより、不適切な行動へ進んでしまいます。また、スターが自殺すると、1人で自殺するのは怖いと思っている人も、スターも自殺するならと後追いをしたり、自殺する中もを集めて心中したりすることもあります。このようにソーシャルメディアが普及したために、それを使って自殺してしまう人も多くなっているようです。しかも、自殺を配信する人まで出てきました。これは自殺を配信することで注目を浴びることが目的となっているようです。これはただ自殺するだけではなく、その人を取り巻く環境に対して、力を持たない人間が影響を及ぼすための武器として使用されているケースです。

インターネットは今では欠かせないものとなったが、それを利用して自殺という最悪のケースに身を投じてしまう人もいます。逆に、見知らぬ人たちとインターネットによって関わることで、自殺を思いとどまるケースもあります。うまく機能させるのは最終的には人間です。この大きな力の使い方を考えていかなくてはいけません。

 

 

  1. 死なないもの

死後には何があるのだろうか。これは人類の最大の疑問の1つです。死ぬまでそのことは分かりませんが、これに対してさまざまな宗教ではそれぞれに解釈があります。天国、地獄があるとか、極楽があるとか、はたまた永遠の眠りのようなものだとかです。

しかし、人はある人の死を知った時、その人の今までのこと、これから起こったであろうことを考えてしまいます。その人はもうこの世にいないのに、想像してしまうのです。

自殺してしまう人の多くは、自分の死後のことを考えています。自分の死が周囲の人の与える影響だったり、死後の世界に期待したりします。これに対して、宗教では自殺を防止するために、自殺したものはあの世ではひどい仕打ちを受けるだったり、来世は下等な生物に生まれ変わるのだといったことを発表し、自殺を食い止めようとしています。実際に、ヒトという肉体としては死んでしまうのですが、みんな、死後の世界があると信じているのです。

 

この章は自殺という心理ではなく、宗教的な面が強い章となっています。死後の世界を信じしているから自殺してしまう人もいるし、死後の世界があるとしているから、ひどい仕打ちにあうから自殺はやめなさいと防止する人もいます。道徳上、宗教上、自殺はいけないことだとされており、その解釈は人それぞれだと本書には書かれています。死は肉体としては終点となりますが、精神、周囲の人々への影響はまだまだこれから続くものであり、章のタイトルである「死なないもの」であると思いました。

 

  1. 灰色の問題

自殺とは結局、人の心が決断するものです。4章では自殺してしまうまでの心の段階を紹介して、鬱状態だったりすると、正常な判断が下せなくなり、最悪の決断をしてしまうとされていました。しかし、論理的な自殺もあるとこの章では紹介しています。ものごとを論理的に考える人が自殺をしてしまったのですが、その原因を追究すると、論理的に考えて、このままの生活を続けていくことと、ここで自殺して終わらせることを比較したところ、自殺した方が良いと決断したという例です。また、古代では自殺することを許可してもらうこともあったようです。90歳と高齢の方は十分生きたから、これ以上生きるより、子供や孫が長生きするように、自分の命をここで終わらせるために毒薬を飲んだという話です。このように、自殺は正常な判断ができないわけではないのですが、実行してしまう場合があります。これは、鬱状態ではないため、前述したケースとは異なります。

このように自殺は私たちの心=脳の動きによるもので、その解明は難しいのです。

 

本書の最後にはこう書かれています。

私たちは、自分が社会的動物だということをたえず自覚することによって、時に訪れる自殺の想念に立ち向かうことができる。私たちの心は他者の思考の内容に注意が向くように進化してきたため、私たちの存在は、他者がどう思っていると思うかに左右される。動物界ではきわめて特殊と言えるこの心理こそ、人間であることの究極の重荷、意識をもつがゆえの苦難である。私たちの感情が他者の考えや判断の影響を受けないようにこの基本的な社会認知機能を「オフ」にすることはできないにしても、私たちを認め理解してくれるような人々を探し求めることならできる。実際、時に必要なのは、ひとりでもいいから、自分の社会的苦悩をわかってくれる人-そういう苦悩があっても、私たちのことを気にかけてくれる人-がいることである。

 

 

ヒトはなぜ自殺するのか は衝撃的なタイトルであり、はじめはどうして自殺してしまうのかという心理的なプロセスについて書かれていました。当人の心理状態が正常ではない、鬱状態であることで自殺に向かってしまうということが大きな作用点とされていました。宗教的、道徳的に自殺はいけないと分かっていながらも、自殺しか選択しか残されていないと錯覚してしまう心理など、ところどころ、自分でも考えてみたことがある節もありました。

本書は自殺防止のためではないと最初に書かれていましたが、最終的には気にかけてくれる人を一人でも見つけることが好転するきっかけになると書かれていて、優しい一面が見れました。(著者も自殺を考えたことがあるため、少しでも力になりたいという気持ちが出てきたのだと思います)