ミトコンドリオン雑記

本の感想、日頃思ったことを書き綴ります

階段の上り方

階段の上り方

 

 

日常生活や仕事で階段の上り下りをする機会は多いと思います。

私の仕事場で部屋を行き来するため、階段の上り下りが多いです。

 

そこで、朝、会社で階段を登っている時に、あることを気にしてみました。

 

腿を持ち上げて足を上げるか。

 

地面を蹴って足を上げるか。

 

どっちで登っているのだろう、と。

 

私は何気なく、階段を登っている時は「腿を持ち上げて足を上げて」います。

腿に力を入れて、股関節を動かしているのが意識されます。

 

次に、いつもと違い、

「地面を蹴って足を上げて」みます。

ふくらはぎの筋肉が動いているのが意識できます。

でも、慣れてないからなのか、早く階段を上がることができません。

地面を蹴るというよりか、徐々につま先立ちをするように、地面から離れるのをかかとから意識するためかもしれません。

しかも、ゆっくり、つま先立ちになるため、全体重が片足の前半分にかかるため、負荷もあります。

 

常に行っている動作でも、ふと考えてみれば、楽な動き方を自然に行っているのを実感しました。

 

いつも考えていると前を見ていなかったり、動きが遅かったりします。また、自然に行っていることを考えると逆に不自然な動きになってしまったりしますので、ご注意ください。

 

 

 

自殺の先にあるものー周囲の人、本人に対してー

ヒトはなぜ自殺するのか

死に向かう心の科学

 

著者

ジェシー・ベリング

1975年アメリカ生まれ。著書にThe Belief Instinct(邦訳『ヒトはなぜ神を信じるのか』)、Why Is the Penis Shaped Like That?(邦訳『なぜペニスはそんな形なのか』)、PERV(邦訳『性倒錯者』)がある。現在、ニュージーランドのオタゴ大学サイエンス・コミュニケーション・センターで所長を務める。

 

訳者

鈴木 光太郎(すずき こうたろう)

東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。元新潟大学教授。専門は実験心理学。著書に『オオカミ少女はいなかった』、『謎解きアヴェロンの野生児』、『ヒトの心はどう進化したのか』、De Quelques Mythes en Psychologie(Editions du Seuil)など。訳書にウィンストン『人間の本能』、テイラー『われらはチンパンジーにあらず』、ドルティエ『ヒト、この奇妙な動物』、ボイヤー『神はなぜいるのか?』、ベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか』、『性倒錯者』、『なぜペニスはそんな形なのか』、グラッセ『キリンの一撃』などがある。

 

 

 

  1. 生きる苦しみを終わらせる

自殺を扱ったテレビ番組が放送されると自殺率は増加する傾向があります。これと同じような例で、自殺について新聞の記事になったり、ニュースで放送されても、自殺数は増加するようです。これは自殺を考えている人がその番組、ニュースをきっかけに実行してしまうからです。しかし、自殺防止キャンペーンも逆効果になってしまいます。自殺しようと考えている人にとって「自殺」という言葉に触れることで、より考えるようになってしまうからです。これにより、不適切な行動へ進んでしまいます。また、スターが自殺すると、1人で自殺するのは怖いと思っている人も、スターも自殺するならと後追いをしたり、自殺する中もを集めて心中したりすることもあります。このようにソーシャルメディアが普及したために、それを使って自殺してしまう人も多くなっているようです。しかも、自殺を配信する人まで出てきました。これは自殺を配信することで注目を浴びることが目的となっているようです。これはただ自殺するだけではなく、その人を取り巻く環境に対して、力を持たない人間が影響を及ぼすための武器として使用されているケースです。

インターネットは今では欠かせないものとなったが、それを利用して自殺という最悪のケースに身を投じてしまう人もいます。逆に、見知らぬ人たちとインターネットによって関わることで、自殺を思いとどまるケースもあります。うまく機能させるのは最終的には人間です。この大きな力の使い方を考えていかなくてはいけません。

 

 

  1. 死なないもの

死後には何があるのだろうか。これは人類の最大の疑問の1つです。死ぬまでそのことは分かりませんが、これに対してさまざまな宗教ではそれぞれに解釈があります。天国、地獄があるとか、極楽があるとか、はたまた永遠の眠りのようなものだとかです。

しかし、人はある人の死を知った時、その人の今までのこと、これから起こったであろうことを考えてしまいます。その人はもうこの世にいないのに、想像してしまうのです。

自殺してしまう人の多くは、自分の死後のことを考えています。自分の死が周囲の人の与える影響だったり、死後の世界に期待したりします。これに対して、宗教では自殺を防止するために、自殺したものはあの世ではひどい仕打ちを受けるだったり、来世は下等な生物に生まれ変わるのだといったことを発表し、自殺を食い止めようとしています。実際に、ヒトという肉体としては死んでしまうのですが、みんな、死後の世界があると信じているのです。

 

この章は自殺という心理ではなく、宗教的な面が強い章となっています。死後の世界を信じしているから自殺してしまう人もいるし、死後の世界があるとしているから、ひどい仕打ちにあうから自殺はやめなさいと防止する人もいます。道徳上、宗教上、自殺はいけないことだとされており、その解釈は人それぞれだと本書には書かれています。死は肉体としては終点となりますが、精神、周囲の人々への影響はまだまだこれから続くものであり、章のタイトルである「死なないもの」であると思いました。

 

  1. 灰色の問題

自殺とは結局、人の心が決断するものです。4章では自殺してしまうまでの心の段階を紹介して、鬱状態だったりすると、正常な判断が下せなくなり、最悪の決断をしてしまうとされていました。しかし、論理的な自殺もあるとこの章では紹介しています。ものごとを論理的に考える人が自殺をしてしまったのですが、その原因を追究すると、論理的に考えて、このままの生活を続けていくことと、ここで自殺して終わらせることを比較したところ、自殺した方が良いと決断したという例です。また、古代では自殺することを許可してもらうこともあったようです。90歳と高齢の方は十分生きたから、これ以上生きるより、子供や孫が長生きするように、自分の命をここで終わらせるために毒薬を飲んだという話です。このように、自殺は正常な判断ができないわけではないのですが、実行してしまう場合があります。これは、鬱状態ではないため、前述したケースとは異なります。

このように自殺は私たちの心=脳の動きによるもので、その解明は難しいのです。

 

本書の最後にはこう書かれています。

私たちは、自分が社会的動物だということをたえず自覚することによって、時に訪れる自殺の想念に立ち向かうことができる。私たちの心は他者の思考の内容に注意が向くように進化してきたため、私たちの存在は、他者がどう思っていると思うかに左右される。動物界ではきわめて特殊と言えるこの心理こそ、人間であることの究極の重荷、意識をもつがゆえの苦難である。私たちの感情が他者の考えや判断の影響を受けないようにこの基本的な社会認知機能を「オフ」にすることはできないにしても、私たちを認め理解してくれるような人々を探し求めることならできる。実際、時に必要なのは、ひとりでもいいから、自分の社会的苦悩をわかってくれる人-そういう苦悩があっても、私たちのことを気にかけてくれる人-がいることである。

 

 

ヒトはなぜ自殺するのか は衝撃的なタイトルであり、はじめはどうして自殺してしまうのかという心理的なプロセスについて書かれていました。当人の心理状態が正常ではない、鬱状態であることで自殺に向かってしまうということが大きな作用点とされていました。宗教的、道徳的に自殺はいけないと分かっていながらも、自殺しか選択しか残されていないと錯覚してしまう心理など、ところどころ、自分でも考えてみたことがある節もありました。

本書は自殺防止のためではないと最初に書かれていましたが、最終的には気にかけてくれる人を一人でも見つけることが好転するきっかけになると書かれていて、優しい一面が見れました。(著者も自殺を考えたことがあるため、少しでも力になりたいという気持ちが出てきたのだと思います)

 

 

自殺に行くまでの段階とはー具体的な心理状況ー

ヒトはなぜ自殺するのか

死に向かう心の科学

 

著者

ジェシー・ベリング

1975年アメリカ生まれ。著書にThe Belief Instinct(邦訳『ヒトはなぜ神を信じるのか』)、Why Is the Penis Shaped Like That?(邦訳『なぜペニスはそんな形なのか』)、PERV(邦訳『性倒錯者』)がある。現在、ニュージーランドのオタゴ大学サイエンス・コミュニケーション・センターで所長を務める。

 

訳者

鈴木 光太郎(すずき こうたろう)

東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。元新潟大学教授。専門は実験心理学。著書に『オオカミ少女はいなかった』、『謎解きアヴェロンの野生児』、『ヒトの心はどう進化したのか』、De Quelques Mythes en Psychologie(Editions du Seuil)など。訳書にウィンストン『人間の本能』、テイラー『われらはチンパンジーにあらず』、ドルティエ『ヒト、この奇妙な動物』、ボイヤー『神はなぜいるのか?』、ベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか』、『性倒錯者』、『なぜペニスはそんな形なのか』、グラッセ『キリンの一撃』などがある。

 

 

  1. 自殺する心に入り込む

自殺してしまう時はどんな時か。それは一瞬にして絶望に苛まれた時です。それはちょっとしたきっかけも含まれます。恥ずかしい思いをした際に、いたたまれず、消えたいと思うこと。これも一つのきっかけになります。実際に、恥ずかしい思いをしたからと言って、すぐに自殺とは結び付かないと思いますが、「消えたい」という言葉の中には、死という意味も少なからず、含まれているからです。そして、この自殺してしまいそうになる段階にはいくつかあると説明されています。

 

段階1 期待値にとどかないこと

自殺者の大部分は平均以上の生活をしていることから推測されます。それまでずっと平穏に生活してきたのに、突如として生活水準が大きく落ちてしまうと、それがきっかけで危ない方向に進んでしまう傾向にあります。本書ではあるラグビー選手を例に挙げています。このラグビー選手はスター選手として活躍していましたが、ケガで別の道を歩むことになります。しかし、そこでも努力してそれなりの職とラグビー選手として生活していましたが、突然自殺してしまったそうです。周りから見れば、うらやむような生き方だったのになぜ、自分で終わらせてしまったのか。それは、彼の中で、スター選手から別の道への方向転換、人生の目的や意味を喪失したことが相当のストレスになったからと考えられています。実際に、米国人男性の場合、自殺は定年を迎える65歳あたりから増え始めるようです。このように常に良かった現状から自分が納得できない状況に陥った時、場合によっては最悪のケースになってしまうリスクが高くなるのです。

 

段階2 自己への帰属

これは段階1の期待値に届かない原因を自分自身に向けてしまうことです。生きていれば、悪いことも起こるのですが、その際に自分が悪いからだと思い込んでしまう心理状態は危険な状態と言えます。ちなみに常に自分を批判的にみている人は、自分に期待していないため、失敗しても、自殺することは少ないそうです。しかし、自殺してしまう人は周りのみんなは優秀なのに、自分だけ悪いといった誤った印象を持ってしまうため、より心理的に落ち込んでしまいます。また、精神的に健康な人は自己像を実際より良く見る傾向にあります。周りより優れていると思ってしまうようです。そこで鬱状態になると、社会との接触を拒絶し、周りが自分の欠点を見ているような気がして自分の評価を過度に気にし始めます。これが進むと初めに説明したように欠点が自分のせいと考えるようになってしまうのです。

 

段階3 自意識の高まり

自殺の動機は欠点ばかりの自分に絶望し、そこから逃げ出したいという欲求からと考えられています。要するに、自分が悪いという自意識が高くなり、それが納得できず、それを止めるには、命を絶つしかないと考えてしまうということです。自意識が高くなっていることは遺書からも読み取れるそうです。遺書には「われわれ」や「私たち」といった総称人称は使われないようです。また、家族や友人のことを書くときも、何か壁があるような、対立しているような文章になっているようです。

 

段階4 否定的感情

例えば、テレビで火事の起きている建物から逃げようと思って飛び降りる人の映像を見たことないでしょうか。周りの人は「そこにいろ」と忠告しているのに、なぜか建物の中の人は危険を顧みず飛び降りてしまう。これはなぜなのか。理由は、高いところから飛び降りる恐怖より迫ってくる火の恐怖が勝ってしまい、楽な方へ逃げるからだそうです。自殺も同じような状況になります。このまま生きている不快感、恐怖、絶望が死ぬという恐怖に勝ってしまうからです。自傷行為もこのまま生きていると悩みで頭がいっぱいになってしまうため、一時的にでも逃げるために、リストカットし、その時間だけでも悩みから解放されるために起きてしまうのです。

 

段階5 認知的解体

これは本書でも説明されていますが、読んで字のごとく、認知的に物事がバラバラになって、低次の基本的な要素になってしまうことらしいです。が、よくわかりませんでした。もう少し説明すると、自殺する人は時間的展望が変わり、過去や未来については考えることはしなくなり、現在にのみ焦点を当てているということです。これにより、自殺する人は時間が長く感じます。悩みで頭がいっぱいの状態が、長く続くように感じているのです。これにより苦しんでしまいます。また、時間のほかにも認知的解体の面が見られます。これも遺書に見られるそうですが、本物の遺書には最後の指示と事実の情報が書いてあり(例えば、ペットの餌やりの依頼とか、電気代の支払いについてとか)、偽物の遺書には抽象的・哲学的な言葉(例えば、どんなに愛していたかとか、子供にはいい子に育ってくれとか)が多く出てくるそうです。つまり、思考がなく、事実だけをとらえているのです。これらについては、未来のことや自分、他人の真理を推測したりすることはしたくないため、現在、今のことに没頭したいと考えているからだと考えられています。実際に、自殺してしまった患者さんについていた臨床心理士の話では、自殺数日前の患者は明るい気分の兆候を示しており、楽しそうにしていたそうです。自殺するとは思わなかったそうです。つまり、自殺することを思いつめた人は、絶望するのではなく、自殺に向けて、他のことは考えなくて良いし、没頭できること(自殺の準備)があるため、明るく見えるのかもしれません。

 

段階6 抑制の解除

自殺の最終段階は自殺は絶対やってはいけないと分かっている自己抑制を解除してしまうことにあります。宗教的、道徳的、家族に与える影響等を考えて、自殺はダメだと分かってはいるのですが、その認識が認知的解体の結果、これらの障壁が一つ一つ取り払われていき、最終的には自殺に傾いてしまう。また、自殺する際は身体的苦痛が伴いますが、それを精神的苦痛が勝ってしまい、そのくらいの身体的苦痛なら我慢できるとなってしまうこともこの抑制の解除の一因になり得ます。

 

このように自殺思考には段階があります。しかし、どの段階からでも離脱することは可能です。もし、自殺を考えてしまっていたら、自分はどの段階かを知ることで、最悪の結果を迎えることは避けられるはずです。

 

 

 

5. ヴィクがロレインに書いたこと

ある女子高生の自殺までの経緯

4章での各段階が現れている。

 

 

自殺を科学する

ヒトはなぜ自殺するのか

死に向かう心の科学

 

著者

ジェシー・ベリング

1975年アメリカ生まれ。著書にThe Belief Instinct(邦訳『ヒトはなぜ神を信じるのか』)、Why Is the Penis Shaped Like That?(邦訳『なぜペニスはそんな形なのか』)、PERV(邦訳『性倒錯者』)がある。現在、ニュージーランドのオタゴ大学サイエンス・コミュニケーション・センターで所長を務める。

 

訳者

鈴木 光太郎(すずき こうたろう)

東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。元新潟大学教授。専門は実験心理学。著書に『オオカミ少女はいなかった』、『謎解きアヴェロンの野生児』、『ヒトの心はどう進化したのか』、De Quelques Mythes en Psychologie(Editions du Seuil)など。訳書にウィンストン『人間の本能』、テイラー『われらはチンパンジーにあらず』、ドルティエ『ヒト、この奇妙な動物』、ボイヤー『神はなぜいるのか?』、ベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか』、『性倒錯者』、『なぜペニスはそんな形なのか』、グラッセ『キリンの一撃』などがある。

 

 

 

科学的な内容の本は好きなので、ちょっと手に取るのが躊躇されましたが、本書を読んでみました。特に自殺を思いとどまるよう説得するような内容ではなく、あくまで、自殺するヒトについて考察しています。

冒頭に「自殺を考えたことのあるすべての人に」とあります。ただし、「本書は必ずしもすべての自殺を防ぐことを目的としていない」とも書かれています。自殺の仕組みを理解することで、自分の置かれている状況を分析し、理解することを今悩んでいる方に投げかけているのだと思います。

自殺はするなと単純に言うより、あなた自身のこのような反応があるため、自殺を考えてしまっているのだよと教えているようです。

 

 

  1. 無の誘惑

自殺をしてしまう人はふとした瞬間にその一線を越えてしまうそうです。ふとした瞬間とは、例えば、虫歯が急に痛み出したような感じです。不運なことが起こると不幸だと感じ、それが当人の性格、環境により増幅され、最悪の事態に陥ってしまいます。誰にでも自殺する可能性はあります。しかし、そのきっかけがどのように転ぶかで、思いとどまるか、そのまま進んでしまうかに分かれてしまうようです。絶望によって、感情が支配されると理性的な判断ができなくなります。そのことを理解するだけでも悩んだ時の助けになるかもしれません。

 

  1. 火に囲まれたサソリ

自殺するのは人間だけなのだろうか。この章では人間以外の動物の自殺について書かれています。いくつか報告されている例では、飼い主をなくしたペットが自分から飛び降りたりするようです。この場合、飼い主が死んでしまい、悲しくなり、後を追ったと思われています。

ただし、自殺には定義があります。「致命的な結果になるという知識あるいは予期をもった個人によって故意に開始され遂行される実際に致命的な結果をともなう行為」。

これによると、ヒトは他の動物の真理を理解することはできません。上記のような飛び降りは、偶然のものかもしれないということです。飼い主が亡くなったという状況と、偶然、足を滑らせて落ちてしまったことが結びつき、動物も絶望して自殺するという解釈の基に過ぎないということです。

人間にも同じような状況は考えられます。うつ状態の人が悩みで助けを求めよう、関心を持ってもらおうと自傷行為に走ります。この時、うつ状態の人は自殺したいとは思っていません。しかし、運悪く、行き過ぎた結果により、死んでしまう、つまり自殺してしまうことになります。そうなると、周りの人はうつ状態であったことやその状況から、悩んだ末に自殺したと解釈してしまうのです。あくまで、自殺とは残された人が想像、解釈した結果ということです。

 

ちなみにこの章のタイトルの火に囲まれたサソリとは、ある研究者がサソリを使って、自殺するかの実験をしたそうです。サソリを痛めつけ、ストレスを与えて、自殺するかを観察した実験です。その中の1つにサソリの周りを火で囲み、逃げ道をなくした状況をつくり、サソリの行動を観察しました。結果、サソリは自分を刺して毒で死ぬのではなく、火を横切って逃げたそうです。

 

  1. 命を賭ける

動物は繁殖することを最大の目的としています。そこで、自殺とはその繁殖とは全く別の方向の行動になります。しかし、その自殺の行動の中にも理由を見つけることができるようです。それは、自分は他の生物の利益にならないから、消えるという結論になるということです。これは自己犠牲にもつながります。ここではたとえとして、アリを紹介しています。働きアリは繁殖能力を持ちません。しかし、せっせと女王アリのために働きます。生物は自分の種の繁殖のために生きるはずです。そこにはこういった理由があると言われています。女王アリは自分たちの家族、種の繁栄のために子孫を残している。これは働きアリ自身の代わりに子孫を残していると解釈されるため、せっせと働いているようです。

怖い話ですが、このような血縁淘汰には数式モデルがあり、r×B>Cであらわされるそうです。rは血縁度、Bは利他行動によって相手が得る繁殖上の利益、Cは利他行動によって自分自身にかかる繁殖のコスト。これは若い雄のキツツキが将来的に自分の子を2~3羽しか持てないとしたら、巣に残って親を助けて8羽の子供を育てた方が戦略として賢明であるという結果が導き出せます。人間でいうと、自分に価値がないとされたり、そのように考え込んでしまうと、生きていることが不利益を考え、自ら消えようとするのかも知れません。ただし、ヒトはアリと違います。アリなどの昆虫は半倍数性の生き物であるため、同じような個体は多く存在します。ほぼ同じような個体が多くいることと一人のヒトは社会性内での比率は大きく異なります。この点は注意が必要です。

また、自殺は他者に対しての交渉手段としても利用されます。自殺未遂を起こして、自分がどれだけ過酷な状況なのか、心境なのかを知らしめることで、相手より優位に立ち、交渉することができるからです。これは、自殺未遂を起こすことで、周りの人の態度や行動を変化させ、状況を実質的に改善できるからだとされています。

 

 

生きるのが下手な人へのエール

どうもミトコンドリオンです。

 

 

生きるのが下手な人へ

世渡り下手だけが持つ魅力

 

紀野 一義(きの かずよし)

 

1922年、山口県萩市北古萩の妙蓮寺に生まれる。旧制広島高校から東京大学文学部印度哲学科に入学。1943年12月、学徒動員にて広島五師団工兵連隊に入隊。将校任官後南方の戦地に向かう。出征中、広島原爆にて家族すべてを喪い、財を失う。1946年2月、中国軍の捕虜から解放され帰国。1948年、東京大学卒業。宝仙短大学長を経て、正眼短大副学長。在家仏教団体真如会主幹として仏教文化の啓蒙運動に挺身した。2013年没。

 

 

どうしても他人と調子を合わせられない人。

騙されても騙されても騙す側に回れない人。

働いても働いてもお金がたまらない人。

人の頼むことが苦手でくたびれ果てる人。

一生懸命やる割には人に良く思われない人。

 

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私はよく周りに「生きづらい生き方してるね」「生きるの下手そう」と言われることがあります。自分でも思い当たる節はあるのですが、自分の信念を曲げることが難しいのです。曲げるときは理論的に合理的に理由を考えて自分の信念に従わず、渋々行動することがあります。

そんな時に、この本を見つけました。タイトルは「生きるのが下手な人へ」。

まさに私のための本!と思い、読んでみました。

しかも本の始まりにも「本書は、世渡り下手なあなたのための本です。」とあり、ますます読んでみたくなりました。

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  • 放り出して生きる

この章では自分の持っているもの、環境をすべて放り出して生きた人物が紹介されています。

種田山頭火

家族も置いて、自分ひとり寺に入り、自分を見つめなおした人物である。お寺で修行していても悟るわけではなく、より一層迷いが深くなっていく。さらに人生に絶望し、放浪の旅に出る。その旅で読まれた詩には感情を動かされるのである。情景と心情が表現されており、山頭火という人物をあるがままに表現されている。また、絶望していながらも、どこか仏様の存在を信じていることが分かる。結局、山頭火は一乞食僧として生涯を終えるのだが、その詩、生き様は後世の人に影響を与えている。すべてをさらけ出して生きた姿を。そして、気づくのである。仏様にはいいところも悪いところも見られている。そうであるなら、信じた人の前ではすべてをさらけ出す覚悟が必要だということを。

 

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私の詩のイメージはうまく情景と心情を表現されていることが良いとだけ思っていました。山頭火の詩には情景だけではなく、心情を表現しているのは他のものと同じだのですが、その心情があまりにも人間らしくて、それはなんか分かるような、分からないようで、自分にも当てはまるような感じで、親しみやすいと思いました。

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暁烏敏(あけがらすはや)

自分の好きなように生きた人。奥さんが亡くなってもすぐに再婚するといった少し世間の感覚と違った感性を持っている。本人はそんなこと関係ない。自分に正直なだけなのだ。しかし、そのように自分の思うままに生きているからこそ、仏教の真理にたどり着けるのかもしれない。その生きざまに周りの人は真理を見る。

 

普化(ふけ)

風顛漢(ふうてんかん)と言われた人物。フーテンの寅さんのフーテンはここからきている。普化は死んだのち死骸も見えなくなったため、全身脱去(ぜんしんだっこ)と言われた人物。この段落では普化のことではなく、自殺願望から考え直し、好きな人と結婚までした青年の話もある。人は何かを捨てると吹っ切れる。捨てることにより仕切り直しで新しいことを始めることができる。私たちも全身脱去はできないが、部分脱去はできるだろう。周りから評価されようと躍起になる必要はない。評価はあくまで周りのもの、自分のできることをしたらよい。それで、身近な2,3人でも幸せにできれば…。

 

  • 生きたいように生きる

相田みつを

仕事がなくなった時、書家ということで自分で作品を歩いて売っていた。それから、運よく、仕事をもらい、関係を築き、アトリエまで作ってもらってと、なぜだかうまくいっている。それは、人の幸せを本気で願う気持ち、神仏を尊び畏れる気持ちがあるからであろう。

 

毎田周一

この人も奥さんがいるのに、自分の心に従って、別の女の人に走ってしまったっ人である。しかし、その奥には自分は明日死ぬかもしれないという気持ちがあるためであった。明日死んでも悔いのないように、今日を生き切らねばならない。いい加減に生きていては死んでも死にきれないからである。

 

 

  • きびしく鮮烈に生きる

會津八一

 

吉野秀雄

 

八木重吉高村光太郎

 

 

  • 私心なく生きる

坂村真民

 

あるキリスト者妙好人

 

私心なき人たち

 

草木のような自然にも光の環がある。

私心のない人の周りには光の環がある。それは草木と同じように私心がないからである。

 

 

終章 愛の環の中に生きる

愛することは祈ること。すべてのものを愛することでものごとは動いている。仏教の輪廻転生においても、憎しみの輪廻は終わらせるべきであり、愛の輪廻を繰り返すことが重要なのである。すべてのものを愛することで、人々は幸せに生きることができるのだ。

 

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感想

 

著者がお寺生まれであり、仏教団体の活動もされていたので、仏教関連の用語が多かったです。私も一応仏教徒なので、なんとなく分かるような感じでした。しかし、少し仏教思想が強く、若い方には偏りすぎて抵抗を持ってしまうかもしれません。「生きるのが下手な人へ」ということで、過去の一般的には生きるのが下手だと思われている人たちを紹介し、それでも何か信念を持っていたり、他の人の心を動かしているということが紹介されており、生きるのが下手な人達へのエールに感じました。

ただ、すべてを放り出したり、自分の生きたいように生きたり、きびしく鮮烈に生きたり、私心なく生きていますが、どの方もその生き方を徹底しています。軽い気持ちではすべてが中途半端になり、ますます生きづらくなってしまうのではないかとも読んでいて感じました。

 

現在、物事がうまくいかずに悩んでおり、それでも、これを読んで、自分の生き方は間違っていないと自信が持てる方なら、この本に勇気をもらうかもしれません。逆に、向上心があり、この状況をどうにかしたい、挽回したいと思っている方には、ちょっと逆効果になってしまうと思います。なぜなら、自分の行動を改善しようと考えているのに、本書ではこのままのあなたで良いとされているからです。よって、現状に疲れてしまったと感じた方には自分を肯定もらえるため、おすすめだと思います。

 

 

威圧感をまとい、魅力的な人に

どうもミトコンドリオンです。

 

 

私を振り回してくるあの人から自分を守る本

 

Joe

モラハラ対策カウンセラー

1976年生まれ。典型的なモラルハラスメントの関係になる両親のもとに生まれ、幼少期を過ごす。その経験を通して、モラルハラスメントをする人、される人の心理を知り、その後徐々に、周囲の同様の環境にある人たちに、モラハラ対処のアドバイスをするようになる。現在は、世の中の離婚できない事情のあるモラハラ被害者を対象に、モラルハラスメントの被害を受けないためのメソッドを伝えるため、『離婚しないモラハラ対策カウンセラー』として、個人カウンセリングや各地での講演等の活動をしている。著書『離れたくても離れられないあの人からの「攻撃」がなくなる本』

 

 

 

Method3

「ばれない威圧感」で相手を引かせる

  • 真剣に聞いているフリ:口は閉じ、目つきは鋭く、小さくうなずきながら、真剣な表情で相手の話に耳を傾ける。
  • 集中しているフリ:何かに集中している人には邪魔をしてはいけないと思い近づかなくなる作用を活用しましょう。書類確認、スマホ確認しながら、軽くため息ついたり、小さく首を傾げたりするとそれっぽくなります。
  • 声ではなく、目でコミュニケーションをとる:クールで魅力的な人と印象付けることができます。目でコミュニケーションというか、眉毛の動かし方が重要かもしれません。
  • 有能なフリ:誰しも忙しそうな人には頼みごとをしにくいものです。よって、有能なフリをして忙しそうにしてみてください。デスクの上の書類を左右に動かすだけでもそれっぽく見せることができますよ。また、たまに引き受けたりすると、忙しいけど引き受けてくれたと印象も良くなっていきます。
  • ながら挨拶:挨拶は相手が返事をしてくれるかどうかには興味がないという態度で一方的にしましょう。返事が来るかオドオドしているのではなく、堂々としましょう。
  • 謝る時は「無念さ」を出す:「申し訳ない」ではなく、「無念だ」という気持ちで誤って下さい。相手に許してもらおうということではなく、叱られることをしてしまった自分に腹立たしくて無念だというスタンスです。さらにこの時は堂々としてください。叱責しているのは相手ですが、あなたが自分自身にそれ以上に怒っていると、相手は冷めてしまうものです。
  • 「持病カード」を切る:病気なら相手もそれ以上強く出れなくなります。貧血や偏頭痛のようにあまり理解されない持病より、腰痛のような痛みだと理解が得られやすくお勧めです。
  • 「忙しさ」を演出する:相槌などを一方的にして、こちらから断ち切ってしまいましょう。
  • 相手にとって都合のいいことを「怒った感じ」で言い切る:例えば「私があなたのことをどうでもいいと思ったことは一度もない!」これでは相手は受け入れるしかないので、この時点であなたは一段上の立場にいることになります。また、相手は気付かないので、ばれない威圧感が継続します。
  • 相手の目を片方だけ見る:相手の両目を見ようとすると、こちらの視線は左右に動くため、目が泳いだように映ります。よって、片目だけ見ることで、視点が1点に集中します。これにより相手は心を見透かされているように感じます。これにより威圧感が強まります。さらにここに穏やかな表情を加えると優しさと威圧感をまとうことができます。
  • 相手のパーソナルスペースを侵害する:怒られている時はあえて半歩前に出てみましょう。こっそりと。一歩では大きすぎます。この半歩前に出ることで相手は圧迫感を感じます。これにより相手は攻撃的な気持ちが萎えていくのです。一般的に怒られている時は下がってしまうものですが、ここはあえて前に出る勇気が試されます。
  • やはり沈黙は武器、とりあえず黙っておく:寡黙な人は思考が読みづらいです。とりあえず黙るだけでも相手は振り回しづらくなります。
  • 真顔を効果的に使う:これは緩急の使い分けです。優しさと威圧感をより効果的にまとうために真顔と微笑みを使い分けてください。
  • 鈍感なフリ:振り回されやすい人は相手の感情や思考を「察しすぎ」の傾向にあります。察してしまうため、勝手に行動につながってしまい、相手に思考・行動を読まれてしまいます。なので、鈍感なフリをしましょう。
  • 「意見はありません」と言い切る:人を振り回すタイプの人は隙あらばマウントを取ろうとしてきます。自分の意見を押し付けたり、同調させようとしてきます。これに対して、あなたは賛成でも反対でもない「意見はない」の立場をとりましょう。変に知ったかぶりや動揺を見せてしまえば、相手の思うつぼです。意見はないという意見で相手は一旦動きが止まります。しかし、意見を持てと押してくるでしょう。そこであなたはこう返してください。「これについてはまだ考えないようにしている」「今後関心を持つかもしれないけど、今のところ関心がないので考えていない」と。こうなると相手もこれ以上押すことはできません。

 

まとめ

「しがみつく」のではなく「惹きつける」

しがみつくスタンスをとっていると自然に振り回される役回りになります。相手ありきで動きますからね。そうではなく、惹きつけるスタンスをとりましょう。これはカリスマ性とも言います。惹きつけるコツは自分に影の部分をつくり、ミステリアスな存在になることです。これまで紹介してきたことは自分の心の中をなるべく見せないように、ミステリアスにするような方法でした。自分をさらけ出さないということは相手があなたに気を遣う部分を増やすということです。これにより振り回されない自分を確立しましょう。

結果的に誰とでもより良い関係を築くことができるでしょう。

 

 

 

 

 

断り上手を目指せ

どうもミトコンドリオンです。

 

 

私を振り回してくるあの人から自分を守る本

 

Joe

モラハラ対策カウンセラー

1976年生まれ。典型的なモラルハラスメントの関係になる両親のもとに生まれ、幼少期を過ごす。その経験を通して、モラルハラスメントをする人、される人の心理を知り、その後徐々に、周囲の同様の環境にある人たちに、モラハラ対処のアドバイスをするようになる。現在は、世の中の離婚できない事情のあるモラハラ被害者を対象に、モラルハラスメントの被害を受けないためのメソッドを伝えるため、『離婚しないモラハラ対策カウンセラー』として、個人カウンセリングや各地での講演等の活動をしている。著書『離れたくても離れられないあの人からの「攻撃」がなくなる本』

 

  

 

Method2

嫌われない、憎まれない「断り上手」になる

  • 「断る」とは「通達」である

断る時、その理由を説明しようとしがちです。しかし、話が長くなればなるほど、相手もそれに対抗する言い訳をしてきます。そうなると結局どちらか口達者な方が勝つことになります。よって、断る時はただ伝えるだけにしてください。ただ、断ると気まずくなるのは明らかです。そのまま放置するわけにもいきませんので、気まずさの払拭方法もあります。

 

  • 分かってもらおうとしない、ただ「諦めて」もらう

断る時に理由を説明するということは相手に分かってもらおうとしています。しかし、相手もそれに対して言い訳をして分かってもらおうとしてくるので、話は収まりません。そんな時は「あなたの頼みを断る私の方がどうかしている」ということで諦めてもらいましょう。相手のことが正しいと言ってから、それを断る私っておかしくない?と言って、断るのです。そうすると、相手は肯定されているので、その先どうしてよいか分かりません。結果、諦めるしかなくなるのです。

 

  • 「切り捨てる覚悟」をして手放す

断れば相手は離れていきます。それを覚悟で断るのです。強い意志が必要となります。

あなたの期待に応えられなくて、ごめんね。ではなく、あなたの期待に応えるつもりがなくて、ごめんね。というマインドです。

 

  • 言葉は「短く、言い切る」「さわやかに、はっきり言う」が基本

先ほどのゆっくり話すときのギャップにも出てきましたが、断る時はこれが基本です。長く話すほどに勢いは削がれ、感情が見えやすくなります。相手はそこを突いて、振り回そうとしてきます。

 

  • 無理じゃなくても「無理」と言おう

頼まれごとをされた際、自分の容量ギリギリまで来てから断る。そんなことはしなくて良いです。もう少し手前で無理と言って断りましょう。限界ギリギリになってから断るとなると、かなり強く圧力をかけなければいけませんし、エネルギーを使います。後になればなるほど、相手もいきなり反発されたと思い、より強く押し付けてくるかもしれません。

また、無理だと断ったら、それを断り切ってください。相手に押されて引き受けると、相手は押せばいうこと聞いてくれる人と思い、今後も振り回してくるでしょう。そんなことにならないように断り始めたら、断り切ることを基本スタンスにしてください。

 

断り方の戦術

  • 断り方をシミュレーションする
  • 一瞬、考えたふりをする:はっきり断ることは重要だが、すぐに断ると印象が良くありません。よって、一瞬考えたふりをしてから、スパッと言い切って断ってください。
  • 相手を肯定しまくる:相手が正しいと言って、それにも関わらず断る。そうすると相手も肯定されているから反論しようがなくなります。
  • 誰かのせいにする:嘘でも可。親とかなら相手も詮索できないため、親のせいにしてしまうのが手っ取り早いです。
  • 「第三者」に対して怒って見せる:誰かのせいにするに似ています。親がどうしてもとかにするとか、共通の敵をつくると相手も反論しようがありません。
  • 生理的な反応を見せて、相手を黙らせる:怖い、無理といった感情を激しめに見せて相手の反論の隙を与えずに断り切る方法です。独り言のように「無理無理無理無理…」とか言うと、相手も頼みにくくなるものです。
  • 納得はしながら、説得はされない:コツは変人ポジションを買って出ることです。相手のいうことは正しいと言って、それでも断る私って変でしょ。ってな感じで。
  • 一撃で断る最強ワード:あっけらかんと「うわ~いやだ~」「やだやだやだやだ」などで相手の意表をついて、諦めされるのです。そのあとに妥協案を出すのも良いでしょう。
  • 「大きな声」だけでも効果的:何の変哲もない断りの言葉をあえて大きめの声で言ってください。大きな声には威圧感が出ます。
  • 断る勇気がない時はとりあえず黙る:イエスと言わなければ受け入れたことになりません。そこに少し考えている表情「思案顔」をすると効果的です。
  • 「できること」だけ引き受ける:それでも断りにくい場合はこちらから妥協案を提示しましょう。これで100%振り回されている状況を打開できます。また、主導権をとることもできます。
  • 何事もなかったかのように話しかける:断った後、気まずくなります。また相手も不機嫌そうにしてくることもあります。しかし、そんなことお構いなく普段の会話をしてください。こちらに落ち度はないのですし、相手が不機嫌になってこちらが反応すると結局相手に振り回される状況になってしまいます。
  • 「キョトン顔」を見せないように、受け答えは早く:引き受けた時はキョトン顔はNGです。受け入れた以上、しっかり仕事をする必要があります。時によっては指示があいまいな場合もあるでしょう。そんなときのために、後から質問が内容に、素早く反応して確認しましょう。例えば、相手の言ったことをリピートするのも良いです。これで醸し出されるのは「仕事ができる人、信頼に足る人」のオーラです。

また、万が一やらかした場合も、キョトン顔はNGです。キョトン顔は相手をイラつかせます。そのような場合でも受け答えは素早くです。「はい。しました。そうしない方が良かったですか?」「はい、やっていません。そうした方がいいですか?」とボールを相手に投げておくのです。そうすることで、あなたは頭を使わずに、相手が頭を使うことになります。そもそも相手自身が頭を使っていなかったんだという現実に向き合わざるを得なくなります。あなたは非難されながらも、相手のコントールは受けていません。