読んでいるとなんだか安心する

どうもミトコンドリオンです。

 

 

今日も言い訳しながら生きてます

 

ハ・ワン(文・イラスト)

本業はイラストレーター。イラストだけでは食べていけないとエッセイを書き始める。さまざまな本にイラストを提供しながら、エッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』を書いた。イラストよりエッセイの方が売れて若干複雑だが、それでも生きていけているからありがたい。かくなる上は、書き続けるのみ。怖いもの知らずで2冊目を上梓してしまう。

 

岡崎暢子(おかざき・のぶこ)(訳)

韓日翻訳家・編集者。1973年生まれ。韓国人留学生向けフリーペーパーや韓国語学習誌、韓流ムック、翻訳書籍などの編集を手掛けながら翻訳に携わる。訳書に『あやうく一生懸命生きるところだった』、『頑張りすぎず、気楽に お互いが幸せに生きるためのバランスを探して』、『1cmダイビング 自分だけの小さな幸せの見つけ方』など。

 

 日々気を張っていると疲れてしまいます。そんな時にふと読んでみてはいかがでしょうか。

私はなんか読んでいると安心しました。

平日の夜、寝る前に読んでいると優しい気持ちのような、ゆっくり時間が流れているような感覚になります。

今の人生は張りつめて生きているからなのか?それがこの本を読んでいるとホッと気持ちがゆるむというかなんというか…。

 

印象に残った項目は以下になります。

 

 

・正面がダメでも、側面があるから

顔を書くとき正面からなんてだれがきめたの?

 

 

・人に振り回されるくらいなら、誰にも認められなくて結構です

自分の人生は誰かから認められるためにあるわけじゃない。自分の人生なのだから、誰かにいいように操られたりするなんてごめんだ。

 

 

・幸せは「大きさ」じゃない。「頻度」だ

小さいけれど確実な幸せ「小確幸

大きな幸せは、意外と長続きしない。

日常の中の小さな幸せは、大きな目標に向かう長い旅路の耐えうる活力をくれるだけでなく、失敗したときの衝撃を和らげるエアバックにもなってくれる。

昔の人は大きなことだけを追い求めて、小さなことはすべて無視した。そして、中年になったとき、むなしくなった。

小さな幸せだけを求めろというわけではなく、両方求めたっていい。

 

 

・困難は主役の証明だ

物語は主役には何か困難が降りかかることから始まる。そして、それを何とか乗り越えていく主人公、物語に人々は惹きつけられる。重要なのは、何も問題もなく物語は始まらない。

結局、主役とは問題を乗り越えた人物だと言える。ただひたすらにキラキラ輝く人生を生きる存在ではない。さまざまなことに悩み、痛みを味わった存在なのだ。

どんな人生でも主役は「私」

あなたの人生の主役は誰だろうか。あなたに決まっている。

さまざまな出来事に悩み、苦しみ、泣いて、笑ったことだろう。物語の主役と同じである。また、主役はそれに対して行動を起こす。

見えないカメラが回っていると思い、自分を演じるのだ。世間でスタート言われている人もあなたの人生にとってはエキストラに過ぎない。そうやって自分の人生を進むのである。

 

 

・人生なんて、わけのわからないゲームだからしょうがない

人生をスポーツにたとえるときがある。しかし、人生はスポーツのようにみんな同じ条件で、平等に実力を競うものではない。

生まれた環境によっても異なってくる。つまりみんな平等の競争ではないのだ。

人生とは単純じゃないから、何か1つの原因だけが結果を生み出すのではない。だから、すべてが自分の責任で、自分の努力のせいであるという考えは一度置いた方が良いかもしれない。

 

 

・いつかは笑ってやり過ごせるはずだ

物語には起承転結がある。長編の物語を途中でやめると後味が悪かったり、続きが気になって仕方がなくなる。

人生に置き換えてみたらどうだろうか。

今のあなたはつらい状況かもしれない。しかし、続けていれば展開が待っているだろう。

今だけ見れば失敗かもしれないけど…

 

 

・妥協した人生もまた、居心地がいい

完璧じゃなくても、悪くない。部屋のインテリアみたいに。理想はあるけど、今のままでもいいところもある。味も出てくる。

自分の居場所とは、そうやって妥協しながら作り上げていくものではないだろうか。